保坂一平 (舞踏ダンサー)

フランスで活動する日本人アーティストとのインタビュー第3弾。今回のアーティストは舞踏ダンサーの保坂一平さんです。

保坂さんはパリに15年、旅行1年、モンペリエに4年と、かれこれフランスで20年間暮らしていて、舞踏ダンサーとして活動するかたわらヨガの講師もしています。コンテンポラリーダンスのひとつとしての『舞踏』や現在創作中の舞台についてなど、たくさんお話を伺いました。


 

The Art Age (以下AA):まずは踊りを始めたきっかけを教えてください。

保坂一平(以下保坂): ダンスとの出会い、というより舞踏との出会いは25、6歳の頃にFNAC*で。今は時間があるとインターネットでサーフしたりするけど、昔は「今こんな本があるな」とか「こういうCDもあるんや」って、外からのインスピレーションを得る場所のひとつがFNACやったんよね。

パリの大きなFNACには、アートの本がいっぱいあるやん?そこでいろいろあさってた中にplus grands chorégraphesみたいなダンスの本があって、世界のダンサー100人の中にニジンスキーやイサドラ・ダンカンに並んで大野 一雄がいて、それにガツーンときて。そこからビジュアル的に舞踏に惹かれていって、カルロッタ池田とか土方の写真を発見して、おどろおどろしいものや見せ物的なもの、60年代のアングラみたいな雰囲気に「なんだこれは!」って興味を持ち出した。自分の美意識と合う何かがあったんやろうね。舞踏にはロックやパンク、昭和のレトロ、狂気、provocation、挑発的な要素もすごいあるし。

今思い返すと、それより前に舞踏や山海塾の写真を見たことはあって、学校の同級生でも山海塾の話をする人はいたけど、自分ではキャッチしてなかった。そこまでおどろおどろしいものに惹かれていなかったんやと思う。だから見てはいてもきちんと自分の中では出会えていなくて、FNACで本を見たときは自分が出会える状態になってたってことやろうね。舞踏ってすごいなって思っているときに、家の近くでやってる舞踏のクラスのアノンスを日本人のコミュニティマガジンで発見して、お試しでダンスしに行ったのが最初。(*FNAC 主に文化関連商品と電化製品商品を扱う小売チェーン)

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自分がもっと表にでて表現できるツールを探してたんだと思う。

AA:それまではダンスの経験はなかったのですか。

保坂:なかったね。高知でよさこい祭りってあるの、知ってる?それに自分でコスチューム作って出たりはしてたから、そういう気はあったのかも。クラブで踊ることもしてた。

今思えば昔から体で表現する子やったと思う。人が集まると先頭きって話して盛り上げるタイプで、大阪の専門学校ではまわりにおもしろい子が多くて、パフォーマンス的っていうと大げさだけど、がやがやするのは好きやった。

AA:人前で何かするのは、好きなほうですか?

保坂:なんやと思う。好きやった。今はわざわざしゃしゃり出て、見てください、みたいな感じは治まったけど、若いころは好きやったね。

AA:時間がさかのぼりますが、そもそもパリに来た理由は何だったのですか。

保坂一平(以下保坂):モード留学です。プレタポルテのデザイナーになりたかった。ジャン・ポール・ゴルチェがすごい好きで、その頃。90年代のマドンナの衣装のゴルチェとか、プレタの中でも目を引くエキセントリックでとんがってるものが好きだった。だから、とんがったデザイナーになるつもりでパリに来ました。

AA:先ほど話していたFNACへ行っていた頃は学生だったのですか。

保坂;モード学校は卒業して、語学学校でビザつないで、服やかばんやアクセサリーを作って委託販売してもらって、細々と活動してたね。その1年前くらいにはブリジット・フォンテーヌ(Brigitte Fontaine)っていうフランス人歌手の衣装を作ったり。でもこのまま細々と作っていても有名になれるわけでもないし、だからといってどっかのメゾンに入ってスタージュから始めるのもなんかなあ、みたいな閉塞感があった。自分で何か表現したいっていう願望がありつつ、でもいきなりデザイナーですっていうほど力量もないし、自分の立ち居地にフラストレーションがたまってた。その頃に舞踏に出会った。ダンスって自分をダイレクトに表現できるツールやん?服は着てくれる人がおって初めて成り立つもの。自分がもっと表にでて表現できるツールを探してたんだと思う。

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AA:デザイナーを目指していたのに、舞踏は意外です。衣装が少ない、というか、ほぼ裸なイメージがあるので。

保坂:それは侘び寂びの関東舞踏だよ(笑)。人にもよるけど。自分はどっちかっていうと派手なの着て踊っていた。自分は関西舞踏やから。関西って派手やん、色使いでもなんでも。そういうほうが好き。自分の代表作の『虫の女(むしのおんな)』では、着物の生地をほどいて作った鹿鳴館みたいな衣装で踊ったし、他にもエリザベス1世みたいな大きな襟のドレスで踊ったこともある。

AA:パリの家の近所で習った後は、誰かと踊っていたのですか。

保坂:有科珠々(ありしな じゅじゅ)さんって人の舞踏カンパニーで4年くらい踊ってたかな。あとはコンテンポラリーのカンパニーで少し、それから同年代のアーティストともコラボしたり。

AA:そもそも舞踏の踊りには、クラシックバレエのように型があるのでしょうか。

保坂:半々かな。摺り足ってのをやったり、日本舞踊からも型をとってると思うし。有科さんはもともと京都の白虎社で踊ってて日舞の藤若流の師範でもあるから、日本のテアトルの型はよく出てきたし、そこから発展した彼女自身のメソッドもあった。クラシックバレエほどかっちりしてないけど。

AA:当時パリで舞踏の踊り手は多かったのですか。

保坂:パリの自分達のまわりで、小さな舞踏ブームみたいのはあった。舞踏を始めたことで同じ世代の日本人アーティストにたくさん出会って、友達が増えて。4人くらい同世代で舞踏している人がおったかな。流行ってるっていうと大げさだけど、そういう時期やったんだと思う。

 

フランス人は理論的だけど、感性も鋭いから感覚的に受けとめることもできる。

 

AA:舞踏は西洋的な踊りとかけ離れていますが、当時フランスでの反応はどうでしたか。

保坂:その頃のパリでの流行は、アンダーグランドで切り取られた世界みたいな部分があって、アングラ好きの内輪ノリみたいなところがあった。その中での評判はよくて、みんな20代後半で、学生じゃないけど本腰いれて働くにはまだ時間がある、その中途半端なところを貧乏しながら表現活動していたいよね、っていう人たちが集まっていた感じ。楽しかったし、それなりにpublicもおったし、そこではムーブメントが起こっていたと思う。

AA:今はアングラでないところでも踊りますよね。そこでのフランス人の反応は?

保坂:フランス人の反応はダイレクト。日本に1回だけこっちで作ったのを持って行って踊ったことがあるけど、日本人って見ているものに自分ひとりで反応するのを怖がる。まず行われていることが何であるかを頭で理解してから、みんなと同じことを共有したいというところがあるから、自然で自発的な感想ってもらいにくい。

フランス人はもっと勝手に、舞踏を知らん人でもおもしろいって食いついてくる人おるし、好き嫌いはもちろんあると思うけど反応は悪くはない。白塗りとかビジュアルが強いし、バレエと比べて全然違うから吸引力があるよね。

AA:でもフランス人はアートをすごく分析しますよね。感性以外に理性や知性、知識を多用して、なおかつ重要視する印象があります。

保坂:だからアジアや東洋的なものに惹かれるんじゃない?いろいろ考える癖がついてるから、反対に東洋のものはそういうことのau-delà de çaみたいな部分で、あこがれみたいのもあると思うし。ちょっとスピリチュアルなものもあって、特に山海塾の舞踏なんてお寺とか神社でやってる儀式みたいやん。異国趣味にあこがれる感じと、普段頭ばっかり使ってるから神秘的な部分にあこがれる、っていうのが混ざって惹かれるんじゃないかな。

フランス人は理論的だけど、感性も鋭いから感覚的に受けとめることもできる。日本人は伝統的なものはこういうものだって受け入れるけど、コンテンポラリーは何を表現しようとしているのかフランス人の3倍くらい頭の中でねじくって、余計にダイレクトに受け入れられないように見えた。

 

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AA:よく「現代アートはわからない」とか「こんなの自分にも創れる」と言われたりしますが、「コンテンポラリーダンスはよくわからない」「これなら自分でも踊れる」って言われることはありますか。

保坂:ある。コンテンポラリーってつくと全てが面倒くさくなる。コンセプトありきみたいな、わかった上で楽しむっていう風潮が一部にあるから、予備知識なしで観て楽しめるかって言うと疑問な演目は多いよね。あと、ダンスはとっつきにくいって思っている人が多い気がする。そんなことない?ダンスはわからん、みたいな感じの。

AA:友達にいました。クラシックバレエはわかるけど、コンテンポラリーダンスはわからないって。

保坂:だって自分もそうやから。舞踏始めてからダンスに興味をもつようになって、パリの市立劇場にくる有名なカンパニーも幾つも見に行ったけど、5つ観て1ついいのがあればオッケーっていうくらい。たまにいいダンス、例えばPina Bauschはテクニックを超えて人間の営みのこっけいさ、切なさみたいなものが凝縮してるからおもしろいけど、体だけ見せますとか、一時期よく聞くコンセプトで「空間と体の関係」「体の解体・再構築」とか、言葉だけで全然わからんよね、そんなの。聞こえはかっこいいけどさ。

AA:それは現代アートもそうです(笑)。解説を読んでも意味がわからないこともあるし、全ての現代アート作品がいいわけではないから。

保坂:何が好きかというと、頭でっかちじゃないものが好きやね。

 

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AA:話は変わりますが、舞踏ダンサーには年齢のせいで引退する人はいるのでしょうか。クラシックバレエのように、振り付け師になったり、教室開いたりというような。

保坂:現役でやっている人が多い。他のジャンルと比べて、ずっと現役でいられる数少ない踊り。老いた体も舞踏では見せ物になる。もともと若い躍動感が売りじゃなくて、死や闇の暗い部分にフォーカスしてるから。あと大野 一雄が年をとってもずっと踊ってたっていうのもあるし。年齢のせいで舞踏引退する人って聞かない。むしろ表現の厚みが出たって見られるよね。体は変わるからそれはaccepteして、ダンス自体は変わっていくやろうけど、もともと跳躍や回転があるわけじゃないし。カンパニーだったらまわりとのバランスがあるけど、ソロだったら続けられる。

AA:とはいっても、保坂さんは普通に踊っていますが、実際やってみるとかなりきつい姿勢が多いですよね。

保坂:日本舞踊とかもそうやからね。ゆっくり滑らかに見えるけど結構しんどい体勢が多いね。ヨガやって舞踏に生かせてるのは、呼吸とおなかをすごく使うこと。腰や太もも、ひざを痛める体勢が多いけど、おなかをぎゅっと使うと腰が楽になる。

AA:踊りはポジションやフォームをきちんと決めるのですか。

保坂:半々かな。外枠は決まってる。曲のこの位置でこっち向いてとか。決まっている部分を外だけ追っていくと、中身が無くなるんよね。リハでよくできたから、同じことをまたやろうと外だけ追っていくと空っぽになる。中から出てきたものを外に具現化する、っていうのがベストなわけやん。だから両方からアプローチするようにしてる。1回かたちが出来たら外からアプローチができるけど、中からの感覚も伴ってそこへ行こうと。それはたぶん、舞台やっている人みんなの課題なんやと思う。でも全部決めるのはいやなんよね。舞台ってやっぱりle lieu sacréって思ってるから、本番と練習はまったく別物。本番の舞台の上でしか起こらないマジックをいつも期待してる。

 

ダンス=何かを表現する、体がどう、空間がどう、っていうのから抜けて、作品を上演するって祈りの儀式なんだという風に考え方が変わってきた。

 

AA:さて、現在のプロジェクト『HARÉ-MA』についてですが、フランス人歌手であるEmmanuelle Bunelさんとコラボしてデュオをやろうと思った理由は?

保坂:たまたまやね(笑)。

AA:歌手とのコラボは今回が初めてですか。

保坂:ミュージシャンとのコラボは以前にあるけど、歌手は初めて。でも今までのは自分のソロの舞台でこっちの世界観に対して出せるものを出してもらった感じだから、デュオではなかった。そういう意味で歌手とのデュオは初めて。

もともと何がやりたかったかというと、人とコラボしないとだめやなと思ったんよね。一人で作品創ってもまわせる世界が決まってるから、もっとそこを出て大きな流れに乗っていろんな人に見せたいっていうのがあって、誰か相手がおればコラボをしたいなと考えてた。そんな時にEmmanuelleが現れて「なんか一緒にできたらいいね」ってプロポーズが来て、全然考えずにとりあえずやってみようと思った。頭で考えてもわからないから、やってだめならやめよう、とりあえず新しいことをやっていこうと、二つ返事でオッケーした。

AA:『HARÉ-MA』のコンセプトは2人で出していますか。

保坂:最初はコンセプトは考えずインプロ(即興)からはじまって、途中からあまりにも可能性がありすぎると何をやっていいのかわからなくなるから、自分の1つ前の作品にある『HARÉ』の一部分を持ってきた。そこから2人で構築していったかんじかな。

AA:そのコンセプトは、彼女にはすぐ理解してもらえましたか。

保坂:早かったね。『HARÉ』も『HARÉ-MA』も、日本に対するオマージュ作品ができたらいいなって思ってる。『HARÉ』を作ったときに共演したミュージシャンが1人はパリ在住の琴の奏者、もう1人は奈良に住んでいる笙の奏者で、奉納演奏をしている人なのね。だから彼女の演奏は祈りなのよ、場の浄化とか。そこで彼女のあり方というか、表現の形に影響を受けた。ダンス=何かを表現する、体がどう、空間がどう、っていうのから抜けて、作品を上演するって祈りの儀式なんだという風に考え方が変わってきた。「作品の上演ができる=祈りができる」なら、なるべく多く上演したいし、だからコラボしたかったんだと思う。Emmanuelleの中でも日本とのご縁が形になる時期だったんやね。

 

静寂があるから次のアクトが際立つ

AA:彼女についてフランスっぽいな、って思う点はありますか。

保坂:構築する上で「どうしてこれをするの」とか、Il faut donner le sense.*っていうところがある。それがフランス的かどうかわからんけど。自分は意味を考えずに構築していって、意味は後から勝手についてくるからと思ってるから。彼女は自分の中で起承転結とか理論づけて1本の線になるほうがやりやすいんじゃないかな。(*意味を持たせる、辻褄を合わせる、の意)

AA:彼女の音楽に、フランスらしさは感じますか。

保坂:もっと「間」を大事にして、って言ってる。それが日仏の違いかわからんけど。歌手として一人でやってきてるから、職業柄なんかもしれんけど。

僕は引きの美学っていうか、静寂があるから次のアクトが際立つと思ってる。舞踏は引いて出しての妙、っていうところがあるから。そこが難しいかな。でも、モチーフとして天照とかは使ってるけど、特にフランス、日本って考えてやっているわけではないからそんなに文化の違いは痛感しない。

AA:舞台はほぼ完成していますか。

保坂:80パーセント完成していて、あとは照明の調整。Emmanuelleはすごく器用で懐が深いし、créationはここまでうまくきてるかな。

AA:ここからどう展開、発展させたいと考えていますか。

保坂一平(以下保坂):ブルターニュで既に2回レジデンスをやって、programmateurとも話して、毎回行くたびに話しがふくらんでいってるから、たぶんそこで今年の秋以降展開されていくやろうなと思ってる。あとはホームグランドの南仏で展開させるのが難しくて。カンパニーが多いし劇場が少ないんやって。なのでもうひとつ違う場所を見つけて、そこを母体にして広げていきたいけど南仏ではそれが見つかってない。ボルドーとかマルセイユでもいいけど、今それを探してる。まずはフランスで発展させてから日本へもって行きたい、っていうのが目標です。

The Art Age (以下AA):今日は長い時間ありがとうございました。完成作の上演が楽しみです。

 

 

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