インタビュー:澄毅(写真家)

記念すべきインタビュー第1弾は、写真家・澄毅さん。

2017年11月10日から12日まで、パリのCARROUSEL DU LOUVREにて開催されたfotofeverでの展示や、今後の展望などについて、お話をうかがいました。


 

THE ART AGE (以下AA) :  澄さんの作品のテーマを教えて下さい。

澄毅(以下澄):「光」がテーマです。私は写真家でありながらあまり見えるものを信用していないというか、真実といえるものは目に見えるビジュアルの先にあるものだと考えています。逆説的というか皮肉というか、私は現在それを見いだすために、写真というビジュアルの世界で光を用いた制作をしています。

もっと言えば、どんな写真であっても光の存在は絶対的に必要ですが、私は光そのものに価値を置いて、それと社会を重ねようとしているという方が正確かもしれません。

具体的な制作手法としては、写真がプリントされた紙に穴をあけて光にかざしてその穴から溢れ出る光を撮影するというもので、これは写真集「空に泳ぐ」の作品にも多く入っています。

2013年にパリに来てからは、プリント自体に数百、数千のスリット(切れ込み)をいれるシリーズを同時進行で手がけています。いずれも写真にまた手を加える部分や、偶然性をいれたくてアナログな手法で、光を用いて作品をつくるという部分はすべての作品に通底すると考えています。

AA :  写真はデジタルですか?フィルムですか?

澄: 絶対にフィルム、絶対にデジタルといったこだわりはありません。それに、私の場合はさっき言ったように「複写」の技術を用いているので、作成の過程で一部がフィルムであり一部がデジタルということも多くあります。

例えば、私のおじいちゃんのポートレイトを用いた作品では、私が生まれる前の40年くらい前の写真を用いているので、それは当然フィルム写真です。でも穴を開けて光を透して撮影する作品の場合は、デジタルを用いています。

fotofeverで展示した作品の中でモノクロのものは、コンセプトの関係上フィルムを使っています。これは多重露光を用いた作品でしたが、物質的に光を蓄積するものがデータではなく物体で行いたかったので、フィルムを使用しました。このように自分のコンセプトにあわせて使い分けていて、どちらか一方だけを使うことはありません。

見えないからといって「無」ではない。

AA :  光についてですが、fotofeverの会場でお話した時に『光があるから見えない』という言葉が印象的でした。人物の顔に光があって、顔がよく見えない。その手法は、今後もそれは続けていきますか?

澄: 続けるか続けないかと言えば、絶対に続けていきます。会場で言った『光があるから見えない』という言葉から起因して話すと、どうして顔に光がある作品を出すのかついては、例えば太陽を見ると真っ白ですが、実は太陽には黒点などいろいろな造形がある。でもそれらは見えない。

これは客観的というか観測的な例えになりますが、主観的、観念的な部分でもそうしたことは無数にあると思います。見えないからといって「無」ではない。そのことを伝えることに私は強い執着があるのでしょう。そうした考えを伝えるものとして、私は顔を選んでいると思います。

作品の中で、光によって顔の造形は見えないけど、その光の先に顔の造形を含めた「何か」があることは明らかです。それを想像して、感じてもらうことが何かしらの思索の助けになったり、もっと大げさに言えば人生に何かしらの発見や変化を起こすことができるのではないかと考えています。

私は亡くなったおじいちゃんを想像するときに、まず顔を思い浮かべます。他の人もそうだと思う。特殊なことがない限りは、誰かを思い出す時はまずその人の顔が浮かんで、他を思い出す。その際にそのまま祖父の顔が見えれば事実の確認で完了してしまいます。でも見えないからこそ想像することができる。その想像するという行為の中で事実ではないものが混じるかもしれない、間違うかもしれない。でもそうした中で、私の想像力と、もう亡くなった祖父の存在がメランジェしていくようにも感じます。想像することによってその存在に近づけると思うのはこういうことからです。

写真は事実をフィックスするものだから、私が生きている限りその被写体との距離は絶対的に広がってゆくのだけれど、光で顔が見えないからこそ、その部分を想像できる。想像することで、距離感とか時間を超えて、その存在にアクセスできる。ポエテックだけれど、そんなロジックを考えて制作しています。

加えて言えば、こうしたコンセプトの部分は作家同士の差別化を図る意味でとても重要だと思います。光を用いる作家は実はたくさんいます。日本でも海外でも。コンセプトも手法も違うとは思うけれど、ビジュアルが似ている作家は私が確認するだけでも2、3人いるし、たぶん、他にもいっぱいいる。それはもう、しょうがないと思ってます。なぜなら、写真作品の特許はとれないから。

だからこそ、作品の奥に潜むコンセプトや物語の強度が重要になるのだと思います。そもそも似ているせいで埋没するのならその作品は弱いということなので、自分の作品の物語を深めつつ、ビジュアル自体ももっともっと魅力的なものを作っていきたいと思います。スリットのシリーズもオリジナリティを加えながら、常に何かしら変化させていこうと思います。

想像することで、距離感とか時間を超えて、その存在にアクセスできる。

AA :  写真の撮影はスタジオですか?屋外ですか?

澄: 100%外です。作品を撮る時に、スタジオを使ったことがないといってもいい。スタジオで撮った写真は、たぶん1枚もない。それはたぶん、スタジオ撮りがうまくないというか(笑)、必要性を感じないからです。

作品理解の観点からも、背景があると光を透して見えなくなった部分や、その光と写った世界との関わりを想像できますが、背景がないと顔を光らせた時、想像する「手づる」が全くなくなってしまうので。その意味でも今のところスタジオ撮りはないし、これからも予定していません。

AA :  外へ撮りにいく時は、下見をしたりしてから行きますか?それともふらっと出かけますか?

澄: 光らせる前の写真のことだと、私はあまりこう撮るぞって計画してやるのが苦手で、それで失敗することが多々あったので、やめました。むしろ、カメラを持ち歩いてビビッときたところを瞬間的に撮る方が性にあっています。

AA :  影響を受けた写真家、印象に残る写真家はいますか?

澄: よく聞かれる質問だけど、荒木経惟さんはただただすごいと思う。あそこまで女を撮れる作家はいないし、尊敬します。

森山大道さんも好きだけど、写真よりは文章の方が好きで、彼の書いた本も何冊か読んでいます。

もう少し若手だと、北野謙さん。複数の写真を1枚の紙に焼き付けて平均の顔を出現させる作品を作る人ですが、彼の作品は大好き。写真というメディアだからこそできる美を、きちんと表現していると思います。

あとは写真家ではないですが最近すごく関心があるのが、小説家の中嶋敦の作品です。私は30代で「人生」というものに関して考えることが増えていますが、彼の小説を読むと、人の運命や人生という尺、生きるとは何かについて考えさせられます。

例えば「李陵」で描かれた李陵や司馬遷、蘇武の生は、人というものの生きていく難しさと尊さを教えてくれると思います。20代の頃は小説を全く読まなかったけど、彼の小説は心に響いてきて、そういうものも得ながら作品も変わっていくと思います。

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AA :  fotofeverで4日間展示して、お客さんの反応はどうでしたか。

澄: とりあえずmagnifique(素晴らしい)は100回、1000回くらい言われた。 Incroyable(信じられない、すごい、素晴らしい)も1000回くらい言われた(笑)。

もちろんそれは冗談ですが全体的にとても好評で、それはたぶん見たことがない作品だからだと思います。自分でもParis Photoを巡りfotofeverの作品も全部見たけれど、特にスリットの作品で、類似した作品といえるようなものはなかったように感じました。

これは自分の手を使って一本一本のスリットを入れるという圧倒的な作業量からだと思います。ああいうものは再現しづらいのだと思う。自分のオリジナリティを再認識できる機会でした。

AA :  スリットや写真に穴をあけたり線をいれたりするのは、自分でやるのですか。ツールは何を使いますか。

澄: 市販のカッターを使って、手作業で制作しています。刃だけ鋭利なものにして。

AA :  スリットを入れた作品があんなに光るのは、どうしてでしょう。

澄: いくつか理由があって、ひとつは、パールの光沢の紙を使っていること。

次にこれが一番大きな理由でしょうが、スリットをいれたぶん紙が水分を吸って波打つんです。そうするとまるで海水浴の波がまたたいているのと同じように光を感じることができると思います。紙の中に波があって、美しいリフレクションが生まれる。

あと今回のfotofeverの展示では、後ろにLEDも仕込んでいるので、反射と透過の2つの光が存在します。

AA :  fotofeverで一般の人の反応をみて、今後の課題が見えましたか。澄さん自身の感想は。

澄: それは今、消化をしているところです。すごく考えているところ。

私はプロの作家としてパリにいるし、いたいと思っています。プロというのは自分の作品を売るなり買っていただくなり、なにかの利潤を発生させることで生きている人間だと思っています。だから買ってもらわなきゃいけない。

特にアートフェアというのは、ギャラリーが出展料を支払ってくれて出ています。私は費用を完全に把握していませんが、とても大きな金額を投資してくれているし、ギャラリーに貢献し私自身も生きていかなければいけないので、作品が売れてくれないとどうしようもない。マニフィックとほめられるのはうれしいけど、でも販売が伴うことがとても大切だと思います。

今回何点か作品が売れて、交渉中の件もいくつかあるけれど、それでもギャラリーに黒字が出るほどは稼げていない。なので、もっと買ってもらわなきゃいけないのは事実。

そのために作品を変化させていく、というと迎合的、作家としての魂を売ったみたいになっちゃうけど。一方で、自分のパッションやコンセプトを固持しながら、なおかつ持ちやすい作品をつくるのは別に悪いことではないと思う。

例えば、昨日オルセー美術館でルノワールを見たんだけど、彼の名作の多くは注文作品だった。ブルジョワジーの娘を描いたら、名作でした、とか。

要は、つながりの中から生まれてくるんですよ。作家は展示だけでもギャラリーと二人三脚だし、買ってくれる人とも二人三脚。つながりの中で生きていくものなんです。だからつながりをもっと増やせる作品を制作することはとても大切だなと。

もちろん今の自分の作品に多いポートレイトは続けていきます。私は人間に関心があり、私にとって写真は人をつなぐツールだから。その考えだとポートレイトを全く撮らないというのは考えられない。

でも人を撮り続けながら、同時に人間以外の風景などもっと違う題材も撮ってみたいという気持ちもある。他にもナショナリズム的な作品も考えていて、出してみると反応がかえってきて勉強になる。それで変化していく。その変化を恐れるべきじゃないと思います。

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AA :  パリで作品に日本人らしさを求められたりしますか。

澄: 来て4年だし、そこまでまだフランスを熟知していないから正確なことを言えているか自信はないけど、日本の美術に対する関心の高さはとても感じる。歴史的に印象派が浮世絵を参考にしたりっていうハイカルチャーの部分もあるし、FNAC(電化製品店)で漫画コーナーに日本の漫画があったりと、大衆文化の部分での関心もある。

私自身の経験では、2014年にリブロアルテという日本の出版社から「空に泳ぐ」という写真集を出した関係で、出版社のご好意で、パリでアートフィェアに出展したんです。その時にアニエスb.というファッションブランドの方が作品を買ってくれたんですよ。それがすごく衝撃的で、その時32歳だったかな、これからの作家の作品を結構な額で買うというのは、なかなか日本ではない。

例えば私が頑張れば、現在10万円の作品が20年後に100万円になるかもしれないけど、頑張らなければ10円にもならないかもしれない。それを見極めて支援する文化があるということに衝撃を受けて、パリへ来た感じです。だいぶなくなってきたとは言われるけど、日本にはあまりないもので、パリの意味を感じます。

AA :  パリへ来たきっかけは写真集?

澄: そうですね。写真集を出していなかったら、私はここにいないでしょう。全てがそうだと思いますけど、いろんな偶然の中から運命が変わっていくもの。私はそういう運命を得ながら生きています。

これは人生論になりますが、偶然性は絶対あるけど、ベストを尽さないと絶対に良い方向には向かわない。2018年には写真集を出したいと思っていますけど、その準備をしながら、フランスや日本、アメリカなどで展示ができるように頑張っていこうと考えています。

自分は写真でなら世の中とつながっていけるんじゃないか

AA :  最後になりますが、写真を始めるきっかけは何だったのですか。

澄: 最後に根本的なことを聞きますね(笑)。人それぞれ特殊なものを持っていると思いますが、私の場合もそうだったのかも。高校を卒業した時は特に夢もなく、単純に親が公務員なので自分もそうなろうと考えていました。でも集団行動が苦手だし、自分の人生を意味のあるものにしたいという漠然とした野心を持っていました。

明治大学の時は雄弁部という社会問題や政治問題を勉強したり、講堂や街頭でスピーチをするサークルにいて、権力欲から政治家を目指そうと思った時も一瞬ありましたが、まあ、私は民主主義国家では相容れない人間だと理解していたのでそれはすぐにやめました(笑)。

明治大学の文学部を卒業してベンチャー企業に半年いたけど、ぼうっとしたけど強い何かを表現したいという気持ちから、退社して美術予備校に入ってデッサンの勉強をして、多摩美術大学に入りなおしました。それが25歳の時。1年生から入り直しました。

その時、年をくって大学に入るから何かできなきゃいけないな、という漠然とした思いから一眼レフを買ったんです。何かに導かれるように安いキャノンの一眼30Dを買って、そしたら一眼持ってることで重宝がられて、写真を撮らせてもらうことがあって。

そこからさらに「ひとつぼ展」っていうリクルートが主催している写真家の登竜門的なものがあるんですけど、それに入選して、さらにキャノン「写真新世紀」に入選することができました。

アートってテストみたいに客観的に数字化しづらいものじゃないですか。しかも自分の出生はアート系じゃなかったので、客観的評価がとてもうれしかったんです。

それで、自分は写真でなら世の中とつながっていけるんじゃないかという、わりと根拠がない確信を持ちました。そこからこうやってばく進というか、生きている感じです。偶然性の中で今私は作家をしていますが、世界と自分をつないでくれた写真というものに感謝しています。

 


澄毅

1981年、京都出身

明治大学文学部卒

多摩美術大学情報デザイン学科情報芸術コース卒業

 

個展

2015.03:『Lumière et vous』Galerie Grand E’Terna / パリ

2012.09-10:『空をみる』Overland Gallery/東京

2012.06:『空に泳ぐ』 Port Gallery T / 大阪

2011.11:『Light is blank (光の空白)』 blanClass / 横浜

2011.04:『光』Port Gallery T / 大阪

2010.11:『メテオ』企画ギャラリー・明るい部屋 / 四谷・東京

 

主な展示/アートフェア

2017.11:『fotofever』CARROUSEL DU LOUVRE /パリ

2014.03:『COLORS & SHADOWS』in)(between gallery /パリ

2012.12:『Winter Group Show』Satoshi Koyama Gallery/東京

2012.11:『no found photo fair』パリ

2012.09:『TOKYO PHOTO 2012』六本木ミッドタウン/東京

2012.05:『TOKYO-GA meets NYPH2012』 111 Front Street/ニューヨーク

2011.11:『東京画』 Gallery21 T / お台場・東京

2011.04:『写真新世紀大阪展』 アートコートギャラリー / 大阪

2010.11:『写真新世紀展』 東京都写真美術館

2008.03:第30回写真「ひとつぼ展」in ガーディアンガーデン / 東京

2007.10:『七人の____展』ギャラリーモンド / 東京

 

出版

2012.10 『空に泳ぐ』リブロアルテ

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