愚行録(監督:石川慶)

ぐいぐい惹き付けるストーリー展開で、現代社会と人間性の一面をえぐる意欲作。

端から見れば理想的と思われる家族が惨殺される事件が起きてから一年。週刊誌の記者である田中は改めて事件の取材を開始、夫婦の友人など関係者への取材を重ねてゆく。

彼らの証言から浮かび上がってきたのは、殺害された夫婦の全く違った実像と証言者たち自身が抱える心の闇。

同時に田中個人も、妹が育児放棄の疑いで逮捕されるという問題を抱えていた。

証言によって紡ぎ出される、羨望、嫉妬、愛憎、そして田中がたどり着く真実とは。

 


 

本作は石川慶監督の長編第1作。企画・制作のオフィス北野が石川監督に注目した理由は、短編作品での対話劇が巧みだったから。そしてその強みは、この映画に見事に活かされています。映画は主人公・田中がすすめる取材を軸に、関係者との対話シーンと再現シーンを交えて物語が進行。証言者との対話では無口な田中は聞き役に徹し、証言者のモノローグのようになっています。彼らの証言を通して殺害された夫婦の「本当の」姿が描かれるのですが、それはあくまで証言者の目から見た人物像。ここで鮮明に浮かび上がるのはむしろ、証言者たちの歪んだエゴや感情です。「だって、そうだよね」「そう思いません?」「あそこにいた人間じゃないとわからない」というような具合に、第三者が違和感を感じるような内容を、正当化して否定を受け付けない態度をとったり、全く無頓着であったりする証言者たち。薄ら寒さが漂うなか、観客の気持ちは田中の醒めた態度に同調します。

 

貫井徳郎の小説『愚行録』が基になっていて、ストーリーはテンポよく進み、どきどきするサスペンス。でもこの作品の驚く点はサスペンス要素ではなく、人間観察、洞察力です。日本における格差社会がテーマとなっていて、その描き方、とくに学生時代の様子など、過ぎ去ってしまえば忘れるようなことを、丹念に浮かび上がらせます。同じ大学のきれいなクラスメートに対する、女の子たちの複雑な、ねじれた感情。私たちが生きて行く上で、心の奥深くにしまいこんで隠して、存在しないふりをしているドロドロとした醜い感情。それを次から次へと暴いてゆくのです。

 

ただし、映像そのものは、とてもドライ。現実味が薄く、極端に言えば風景も日本ではないような雰囲気を醸し出しています。東欧の、旧ソビエトの国の暗さに似ているなあ、と思っていたら、監督はポーランドで映画を学び、撮影監督もポーランド人。グレーディングもポーランドスタッフだそうです。青みが強く、乾いた冷たさをもった映像の理由のひとつかもしれません。それに加えて、俳優陣の押さえ気味かつ芯の通った演技が、この作品をドライで重く、冷たいものにしています。対話シーンが多いだけに、俳優の演技の素晴らしさが引き立っています。

 

光がないことがこの映画の光です。

『愚行録』は、11月にパリで開催されたキノタヨ現代日本映画祭にて上映され、最優秀映像賞を獲得。石川慶監督も舞台挨拶及び質疑応答に参加しました。そこでフランス人観客の1人から「この作品に光や希望はあるのですか」という質問があり、監督は「ありません。光がないことがこの映画の光です。」と答えたのが印象的。幼児虐待や一家惨殺など、悲惨な事件がほとんど毎日のようにニュースになっている今、この映画は完全な作り話とは言えない状況です。それでも人間ですから、希望を求めるのはごく自然なこと。では、全ての映画に希望が必要なのか。そこには監督が描きたい主題や方法論などもからんでくるでしょう。この映画に限っては、最後に光を作ってしまったら白々しく感じられるかもしれません。とってつけたような光が、それまでの伏線を台無しにする可能性があります。希望もへったくれもない映画、というものが存在してもいいのではないでしょうか。

 

パゾリーニはHeretical Empiricismの中で『自然主義をなぜそこまで恐れるのか。この恐れには何が隠されているのか。もしかすると、現実に対する恐れだろうか。』と書いています。自然主義というのは、事実を客観的に把握しようとし美化を取り除くものですから、痛烈、辛辣、悲観的、重い、暗いと受け取られがち。愚行録も、人間がもつダークな部分(現実)をえぐり取ってそのまま見せるような視点を持っています。この映画の怖さは、殺人犯人を知ることよりも、人間の心の闇と現実に直面させられるところから生まれるのかも知れません。狂気と正常の境界を淡々と、カラカラの湿気を除いた調子で表現してみせた監督のシャープな才能は、この作品が残す光かも知れません。次の作品が楽しみです。

 


 

愚行録 公式サイト

作品名:愚行録
監督:石川慶
出演者:妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣 他
製作:日本
配給:ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野
製作年:2017
上映時間:120分

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